SSDとHDD音質がいいのはどっち? JVC社員に聞いてみた

私はSSDに入っている音楽ファイルを再生して音楽を聴いていますが、何となくSSDのほうが音がいいように感じます。ぱっと見ではわからないものの、静かな環境で耳を澄まして聞くとダイナミックレンジが広いというような感じですね。スピーカーとしてVictor製品を所有していますので、今はJVCになりましたがJVC社員に聞いてみました。

SSDの方がモーター・ヘッド等の駆動電流が無い点は、音質的にも有利に働くと考えます。また記憶装置以外の電源部、アナログ・デジタルの各回路設計がオーディオ信号を配慮しているかによっても音質は大きく左右されます。

端的に言えば回路にもよるので一概には言えないが概ね駆動部の少ないSSDのほうが有利とのことです。同じ理論でDVDドライブ内蔵のPCよりもないPCのほうが音質がいいかもしれません。音質といえば主観的なもので人によって言うことが真逆なのでもやもやしていましたが、このようにオーディオメーカーから公式な見解が寄せられたのは安心できますね。
一昔前はSSDは高いと言われていましたが、今では500GBが6,000円~8,000円程度で買えるようになりテレビ録画などせず普通にパソコンを使っている人であれば庶民でも手が届く値段で換装できるようになりました。耳がいい人はぜひSSDに交換してみてください。

ケーブルテレビ 電波出力測定は断れるか

ケーブルテレビ対応の建物に居住していると契約の有無に関わらず定期的に「電波出力測定」という名の紙が届くことがある。電話やFAXでは受け付けずポストに置いておけという何ともアナログチックなやりとりなのだ。連絡先も個人の携帯でいかにも怪しいとしか思えない。

ネットで調べた所確かに調査はするそうだが「映っていますね。なら問題ないですね、ところで・・・」というような営業がメインとの事で当方にも届いたが申し込みは一切せず放置していたら二枚目の紙が来ただけでそれ以降は何も連絡がない。まぁそもそもケーブルテレビと契約はしておらず向こうも電話番号は知らないのでこのようにするしか手段がないのだ。
そして当方にはテレビがない。よって測定する必要もないし仮にケーブルテレビが営業に来ても受像器がないので無意味だ。
アパートやマンションであればアンテナ線は隣の部屋と共有という話もあるが、もし仮にアンテナ線の修理ならば不動産会社などの管理会社から公式な紙や電話連絡が入る。そのような連絡は一切ないので単なる営業と捉えて問題ないだろう。イマドキ営業と書いても誰も反応してくれないので、このように電波調査という体で反応を得やすくしているのだろう。

最近は個人の防犯意識の高まりで他人を部屋に入れたくない人が増えている。例えネットの回線工事であってもだ。私も居留守は当たり前で無視を決め込んでいる。心当たりのある内容(ゆうパックとヤマト、ピザ屋)の制服なら鍵を開けるぐらいだろうか。予備鍵を持っている不動産会社であっても事件など緊急時でない限りその鍵を使うことは許されないご時世に時代錯誤も甚だしいと言えるだろう。
所詮その程度の調査と言うことで、皆さんの所にもしこのような紙が届いても決して申し込みせず無視を決め込むのが一番だろう。

稀勢の里引退 横綱は結果が求められる

横綱稀勢の里が本日午前に引退を発表した。既に報道が多数されているが、私なりの考察を述べていくことにしよう。
まず横綱は大関以下の位とは異なり、降格がないので規則上いくらでも休むことができる。建前は「ゆっくり休んで好成績を出せるように」ということだが、実際長期間休むと世間の間でも「引退」という二文字が浮かんでくるようになり、さらに今回のように休んで復帰しても誰にも勝てないというか結果があまり思わしくないのであれば叩かれても仕方がないというのが事実だろう。横審から「激励」が出るというのも異例だ。
また横綱になれば結果はどうでも良いのかというとそういうわけではなく、常に優勝争いをするぐらいの高い品格と技量を有していなければならない。先ほども述べたように降格制度はないので下に降りたいと申し出ても許されず、高い成績をキープできないなら辞めるという選択肢しかないのである。民間の普通の会社と異なり出世すれば椅子に座ってハンコ押し、というわけではないのだ。

この人自体は昇進時に1回しか優勝しておらず「2場所連続優勝に準ずる成績」という事実上の昇進基準を無視して横綱に昇進している。「準ずる」を拡大解釈すればいくらでもというのは確かにそうだが、実力が伴わない人を話題作りのために横綱にしてしまう相撲協会の姿勢にも問題があるかもしれない。当時は和製横綱などとブームになったのは確かだが、日本人というだけで成績を拡大解釈して横綱にさせ、その後勝てずに引退というのも本人もいたたまれないだろう。話題作りは大事であるが、どんなに時代が変わっても横綱の基準は変えてはいけないように思う。本人がいくらでも休めるなら楽だな、と考えていた節もあるのかもしれない。規則上は確かにそうだが、世間の目があることを忘れてはいけない。横綱を目指している人は多いだろうが、横綱になったからといって全てが安定・安泰・楽でないのは理解しておくべきだろう。民間企業と同じでトップはプレッシャーも相当だが、2番手あたりでのうのうとしているのが案外楽なのかもしれない。