カンニング後自殺で親学校提訴、写経80枚が重荷だった可能性

カンニング後高校生が自殺したのは高校の教育に原因があるとして学校を訴えた裁判が賛否両論で炎上状態となっているが、コメントを見ると「どちらも悪い」というような意見が多数みられる。
確かにカンニングした方が悪く卑怯者なのかもしれないが、全科目0点・自宅謹慎は処分として妥当かもしれないが、まるで警察の取り調べのように別室に隔離して卑怯者と言いつけたり写経をさせる意味が分からない。写経は昭和の教育では良くあったが、教育効果が全く無いとして最近は考えを改める教師が増えているはずだ。この高校生も80枚写経しろという厳しすぎるハードルを越えられず命を絶った可能性がある訳で、裁判ではこの写経が妥当であったか、達成できる課題であったのか、高校生のまだ小さな幼い心に大きな重荷になっていなかったか、(Xを見ると1080枚食らった人もいるようだが)過去にこれをクリアした生徒はいるのか、審理してもらいたいものである。これを裁判の争点にすると同じ言葉を紙に書き写すとどういう効果があるのか、80という数字は合理的なのか、学校側は理論的にその効果を示さなければならなくなる。
親側も「カンニング行為自体は認める」としていて学校側も「自殺に追い込んだとは言い難い」と真っ向から反論しているようであるが、元々校則に厳しい学校である事に同意して入学したとしてもその処分の内容がカンニング行為に対して過剰ではなかったか、全科目0点だけでも大きな処分なのだからそれ以外は単なる教師の自己満足で全く無意味ではないかという点をしっかり追及してもらいたい。