Winny事件で弁護士が示した「情報の高速道路」とは何か?

映画「Winny」が都内の劇場でほぼ満席というヒット状態になっている。上映直前に突然埋まる傾向があるようだ。割り当てるスクリーンも小規模なものばかりで、明らかに映画業界や劇場業界はこの映画に客は来ないだろうと舐めちぎっていた感が強い。当時の弁護士がアベマ番組に出演し「情報の高速道路を作ろうとしていた」と発言し番組内でも殆どスルー状態になっていたが、金子氏が作ろうとしていた情報の高速道路とは何なのか考えてみたい。

情報の高速道路と言われてもぴんと来ないかもしれないが、現実の高速道路に例えれば「あまり使わない人は制限80キロで左車線のみ、よく使う人は制限120キロで全車線利用可」のように、皆の役に立つファイルを共有すればするほど上に上がれるという仕組みになっていた。お菓子に例えれば、ファミリーパックを一人で食べるのではなく一つずつ皆で分ければみんなが幸せだよね、でもそれだけだとお腹を満たせないので他の人のお菓子も貰うという論理である。10kgの水を一人で運ぶのではなく1kgに分割して10人で運べばお互い楽だよねという論理である。当時はダウンロード自体は合法だったのでそれを紹介する雑誌等も多く見られた。ひろゆきが番組内で発言している「ユーザーが情報の断片を勝手に配り合う」という表現に近いが、当時の回線は細いので数GBというような大容量ファイルを丸々配る事は出来ずパズルのように断片を配りあい、全てのパズルのピースを合わせて見事一致すればラッキー、一致しなければハズレというように各自が自己責任で使っていた感が強い。1バイトでも合わないと解凍出来ないのである。
光回線等の土管の高速化(1Gbps)により公式から映画等を買って丸々落とす事が出来るようになったおかげで共有ソフトを使う人は次第に減っていったが、当時の1Mbpsという糸電話のような回線でいかにして大容量データをやりとりするか、中央サーバを置いた所でそれもどうせ遅いのでその中でどうするかと考えたらこのような概念になったのだろう。この仕組みにより大元の違法ファイルを流した人は多数逮捕されたが、断片を流した人は逮捕されなかった。なぜならデータが読めないからである。誰もこの点は報道していないが、2001年当時のネット回線(ADSL)がいかに遅く通信会社が高速化をせずサボっていたかという部分に焦点を当てて議論する必要もあるだろう。光という技術自体はかなり前からあったが、いつまでも商用サービスとしてADSLから脱皮できなかったからこそWinnyというソフトが生まれ悪用にも使われたという時代背景も踏まえて映画を見てもらいたい。