無駄校則廃止通知も「脱ゆとり教育」を廃止しない文科省の末路

6月11日、文科省は全国の教育委員会等に対して下着の色等まで指定するような過度に人権を侵害する無駄な校則等について、社会常識や時代背景等に合わせて廃止等も含めて柔軟に対応するよう通知を出した。はっきり言ってこの廃止は100年遅いと言っても過言ではなく、今までこの議論が全く成されてこなかったのはなぜなのかと問いたい所である。
さて、感染症禍にあって見直されていないものがある。学習指導要領だ。2011年に「脱ゆとり」を掲げて授業時間数が10%増となった訳であるが、これは子どもの負担増のみならず保護者や教師の負担も増えている。脱ゆとりには以下のようなデメリットが存在する訳で、ゆとりに戻すべきである。
・災害時等の振り替え不可
年々災害が増えている訳であるが、その際に休校になると授業時間数確保の為に夏休みや冬休みが削られ子どもの不満が増大する
・教科書が重くなり子ども負担増
教科書が重くなり子どもの肩こりが増えていると言われているが、本末転倒ではないか。2kg超のランドセルは地獄である
・授業日数が増えて保護者負担増
授業日数が増えれば、当然毎日水筒を準備したり送り迎え等をする保護者の負担も増える
・教員の負担増
日々の授業や教材作成等に追われる先生の帰宅時間は午後9時というようなテレビ番組をたまに見る。先生が笑顔にならないと子どもたちを笑顔にする事はできない
・良質な教員が育たない
残業等が多ければ、当然教員の離職も多く、良質な人材を育てる事は不可能である
・詰め込み一辺倒になる懸念
ゆとり世代は「勉強はほどほどに外で遊びましょう」みたいな世代であったが、勉強一辺倒になると想定外の事が起きた時に対処しづらい性格が形成されてしまう。毎日のようにめまぐるしく変わる今だからこそ、ゆとりの復活が必要なのだ
・生きる力は育めない
文科省は脱ゆとりについて「生きる力を育む」と言っているが、生きる力とは課外活動や習い事等によって形成されるものであり矛盾している。座学の時間は最小限にすべきである
・子どもの自立性が育たない
学校教育は最低限かつシンプルでなければならない。子どもは親が教育すべきであり、学校教育はそれを補完する物だ。学校教育は社会に出て役立つシンプルな物とし、自立性を育む実験や実習を重視すべきだ。定期テストを廃止したりタブレット等を積極的に活用する麹町中学校のような斬新な現場の意見を取り入れるべきである
そもそもゆとり教育から「脱ゆとり」になった背景には、学力の世界ランキングにおいて日本の成績が下がっている為にこの施策が批判されて授業時間増で対処したという経緯があるが、本当にこれがゆとりのせいなのかという事は誰も証明できていない。文科省の役人も「私たちはゆとりとは言っていない」というように「詰め込み教育ではなく知識を活用できる子どもを育てる」というのがゆとり教育の本来の狙いのはずだ。学習指導要領は概ね10年おきに改定されている。直近では2020年に改定されたが、概ね授業時間増の改定である。災害等の休校リスク増も踏まえて頻発する災害等にも対応できる新しい学習指導要領の議論を始めるべき時期に来ているのかもしれない。