尾身会長「五輪やる意味明らかではない」問われる安心安全の具体的内訳

尾身会長が2日の国会において、「普通なら開催しない」「五輪をやる意味がそもそも明らかになっていない」等と発言し、ネット上が賛成の声で溢れているようである。政府は「感染症に打ち勝った証」とか「震災復興」と言っていたが最近はこの建前も闇に葬られ、「安心安全な大会」しか言わなくなった。これに対して尾身会長はもはや理由がなくなったとして異を唱えたのだろう。
ネット上では「そもそも安心安全とは何なのか」「何をもって安心安全なのか」「何を達成すれば安心安全なのか」「安心安全の中身とは何か」「何なら安心で、何なら安全なのか」「選手のみならず国民も安心安全が必要だ」等、連日のように政府の説明不足について糾弾する声が多く聞かれるようになった。むしろこの基準を出してしまうと「不達成ですが開催します」となればさらに顰蹙(ひんしゅく)を買うので言わないのだろうが、総理の事だから中止するにしてもギリギリまで言わないはずで、ギリギリまで開催すると言っているはずである。分科会の尾身会長に糾弾された以上、政府も窮地に立たされているはずだ。どちらにせよ政府による丁寧な説明が求められる。